最近認めたことは、親は急に弱る生き物なんだということ – 子なし主婦のボヤき

アイキャッチ(親の話)夫婦二人暮らし

結婚したら親が2人増えて4人になった。

今年一年を振り返ると、あることを認めざるを得ない出来事がたくさんあった。

 

あることとは「親は急に怪我したり病気したり弱ったりする」という事実。

 

1人目は、雨の夜道を歩いていたら転倒して顔を強打。歯も少し食い込んでしまい、血だらけで腫れた自分の顔をみて家で泣いたみたい。

そこに家族が帰宅して救急相談センターへ対応を相談し、教えてもらった病院で治療。歯に関しても、夜間対応してくれる専門病院の処置のおかげで今では元どおりに。

顔の怪我が治ったと思ったら今度は「突発性難聴」になった。これも治療をして今は大丈夫みたいだけど今後も再発の可能性がなくはない。

 

2人目は、帯状疱疹にかかったり、大腸の再検査に引っかかったり。問題はなかなか病院へ行こうとしないところ。

頑固さはここではいらないのにね。いまだに検査結果がどうだったという話は聞いていない。

 

3人目は自宅の階段で足を踏み外して頭を強打。

自分では足を上げているつもりでも実際はそれほど上がっていない、ということが度々あるらしい。

その時はたまたま子供が家に滞在中だったのが不幸中の幸いで、2階建の一軒家で毎日階段を上り下りするので今後も心配がつきまとう。

 

最後の4人目は20代で結婚、子供は男3人。3人目は女の子が欲しくて数年頑張ったけどまた男の子だった。

色々仕事を変えながらお金がない時期を乗り越え、ローンを組み一軒家を建てた。

犬が大好きで過去に数匹飼っていた。ある時期は猫もいたらしい。

2年ほど前に新しいメスの子犬を迎え入れて毎日可愛がり、趣味の山登りや旅行にも連れて行った。

最終的には大きな企業に入社して早番/遅番がある大変な仕事に従事。

 

私と会うたびにこう言っていたのを思い出す。

「俺はギリギリ退職金を多くもらえる年齢なんだよ。仕事は嫌なことばかりだけど、あともう少しで退職金がもらえる。そのときが楽しみで耐えているんだ。もうすぐ、もうすぐなんだ。」

いつも嬉しそうに語っていて微笑ましかった。

 

ガンであることを知る前までは。

 

つい最近ガン宣告を受けた。

仕事柄、会社の健康チェックは厳しく毎年きっちり健康診断も受けていた。

お酒は大好きでどうしても我慢できず毎日飲んでは家族から呆れられていたけど。

 

初めは小さな病院で影が見つかり、手に負えないからということで大きな病院を紹介され、精密検査を受けてすぐに入院することに。

 

3箇所移転で手術はできない。今は入院して抗がん剤治療に励んでいる。

こんなに広がるまで判明しないなんて不思議、とありきたりな疑問が思い浮かぶ。

 

抗がん剤の影響で髪は抜け落ち、入院中は手足の痒みが辛いみたい。

年末年始は一時帰宅しているけど、顔は痩せてしまって目がギョロッとしていて食も細く午後まで起きあってこないと聞いた。

 

私も夫も、ガン宣告後はまだ直接あっていなくて年末年始に会いに行く予定だ。

 

ちなみに発覚したのはまだ働いている期間中だったので今は「休職」扱い。

 

悪い方に考えると、誰よりも楽しみにしていた退職後の生活を1日も楽しむことなく終えるということになる。

神様、それだけは勘弁してほしい。

 

ところで最近は「余命宣告」は行わないらしい。医療が進展しているから案外生き延びることも多いので言わなくなったとか。

そんなことも私は今まで知らずにいた。

 

もうじき会いに行くけど、来てもほとんど相手できないかも、と言われた。

そりゃそうだよね。一時帰宅して家で過ごしていても午後まで起きてこなくて、家族が起こしてどうにかお粥を食べさせるという状況なんだから。

 

お土産はなにが良いんだろう。

今までは毎年お酒だった。誰になんと怒られようとも飲むぐらい好きだったからね。

料理上手でお正月に訪問するといつも手作りの料理をご馳走してくれて手作り梅酒も飲ませてくれた。

 

私は普段ほとんどお酒を飲めないけど、あの梅酒は大好きだった。

美味しいと言うととてもわかりやすく喜んでくれる。

 

結婚して初めて一緒に過ごしたときに「おとうさん」と私が呼ぶと、酔っ払っていたせいもあってか泣きながらポケットに入っていたくしゃくしゃの一万円札をくれた。

娘が欲しくて3人目の子作りを頑張っていた過去があるからか、女の子にはどうも弱いみたい。

 

そう、これは義父の話である。夫のお父さんがガン。

 

3人もいるくらいだから子供好きなんだろうな、と思いつつ私たちには親に見せる子供がいない。

今の所、子を持つ予定がない。

 

こんなとき、もし私たちに娘がいて、お義父さんに孫を見せたら絶対喜んでくれるだろうな…なんて妄想する。

 

幸いと言って良いのか、私たち夫婦が子なしであることに関して、双方の親は何もうるさく言ってこない。

本人たちがいないところでは何か話題に出ている可能性があるけど、どちらの両親も割と趣味が充実しているからなのか「孫が見たい」とは一言も言わない。

 

それもあって私たちは現状の選択に満足していたのかもしれない。

 

孫を見せることができないなら私たちになにができるんだろう。

夫がお義母さんに「なにかしてほしいことある?」と単刀直入に聞いたらしい。

 

返答はこうだった。

 

「なにか協力してほしいことがあったら言うけど、あんたたち2人(私と夫)が幸せならそれで十分。」

 

親っていつまでたっても親なんだね。

義母も、義父が入院中は「ひとりだと食欲がない」といって元気がなさそうだった。

自分たちが一番辛い状況なはずなのに、子供が幸せなら良いって…

 

親孝行ってなんだろう。

呑気にブログ書いている裏では最近そのことをよく考えていたりする。

 

正直、弱った義父と会うのは想像するだけでも涙が出そうだし対面で会う勇気があるのかさえ自信がないけど、あと数日で会いに行く。

日にちが近づくに連れ緊張してきたので、とりとめもなくブログにつらつら書き出してしまった。

 

今年(2018)は4人の親全員が急に怪我したり病気をして、「いつまでもあると思うな親と金」という言葉の「親」の部分が身に染みた一年だった。

 

親孝行は親が元気なうちに、なんてよく聞くけど実際は難しい。でも無力なりにできる限り支えになりたい。

来年はなるべく怪我も新たな病気の発覚もないといいな。

 

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