頭と心を軽くするためにやめたこと。大辞泉の言葉が響いた2018年末

アイキャッチ考え事・ボヤき

良かれと思って始めたのに疲弊してしまったあること。

 

最近ネットで見つけた「大辞泉」というサイト「なるほどねぇ〜わかるわぁーーーー!」と唸って共感してしまった言葉があります。

 

「どや顔」ならぬ「どや文章」の競演場所。 仁

出典:「大辞泉」あなたの言葉を辞書に載せよう。2013

 

発言しなくてもいいのについつい発言してしまう場所。みんなに見られているのでなかなか本音は言えないが、みんなが見ているからこそ本音を叫んでみたくなる場所。 タイガー

出典:「大辞泉」あなたの言葉を辞書に載せよう。2013

 

電脳空間の井戸端会議。多くの場合、井戸には水ではなく油が湧いている為、火気には注意を要す。 Karina

出典:「大辞泉」あなたの言葉を辞書に載せよう。2013

 

現代において自己と他者の「意識の高さ」を較べ、それぞれ秘密裏に格付けし合うための仮想現実空間。 しゃのあある

出典:「大辞泉」あなたの言葉を辞書に載せよう。2013

 

出典元から特に共感したものを一部抜粋してみました。

なにについての説明なのか割とわかりやすいですよね。

 

これらは「SNS」について表された言葉の数々です。

 

 

今年に入ってからツイッター(Twitter)とインスタグラム(instagram)で発信を始めました。

が、使い続けるにつれてどんどん頭と心が重くなってしまったのです。

 

どちらかと言うと嫌気がさしたのはツイッターの方ですね。

正直飽きてきたというのもあるのですが。

 

振り返ると

・見たくもない投稿が目に入る

・必要のないことをついつい投稿してしまう

この2点が疲弊の原因だったかなと思います。

 

フォローしていない人の投稿が誰かの「いいね」によって自分のTL(タイムライン)に表示されたり、それ以外でも「この話題 or 画像 特に見たくないわ…」と感じるものがまれにありました。

ディスり、エアリプ、家族の愚痴、マウント合戦、内輪感、ひけらかしなど、見ないように気をつけているつもりでも、結構目に入るものなんですよねぇ。(逆に自分自身の発信が他人にそう思わせていたこともあるかも?)

自分からアクセスしにいっているブログで見るぶんにはわりと平気で、ふいに流れてきてたまたま受け取ってしまう情報だから嫌気がさしているのかもしれません。

 

ちなみに、自分と反対意見の人の投稿を見るのが苦痛かと言われたらそうでもないんですよね。

自分と同じような意見ばかり集めてたらものすごく偏った思考が出来上がりそうですし、あえて正反対の意見を見に行くときはあります。(ツイッターに限らず)

自分では思いつかない視点や考えの発見はとても面白いし、自分から見に行っているので特に嫌になるでもなく。

 

 

そもそもツイッター開始当初は誰かと繋がりたいという願望は薄く

・著名人/経営者や好きなアカウント(主に企業)の情報チェック

・ブログを更新したらツイッターにも投稿する

が目的だったんです。

 

にも関わらず、どうでも良い日常をわざわざ呟いたりするようになり、自分と似たような属性のアカウントを探してみたり、徐々に「何がしたかったんだっけ?」という感じになってしまいました。

 

そこで私が試したことは3つ。

① 過去の無意味な日常の呟きは一斉削除し、ブログと無関係の発信を一切やめた

② 毎回のブログアップをやめた → その時の気分でアップしようかなと思ったブログだけ手動で投稿するようにした(自動投稿は思うところがありやっていない)

③ フォローしていたアカウントをほぼ外し、新規でのフォローをやめた

の3点。

 

③は特定の誰かが嫌になってフォローを外したわけではなく、思い切って一律で実施しました。

 

これらを試してまだ一週間ですが、無意味に受け取る情報はパタリとなくなり、自らブログ関係以外の話を呟くこともないです。

絶対にチェックしておきたい著名人や企業系アカウントは原則PCから一時的に閲覧するようになり、気になるワードの検索もPCから行うようにしました。iPhoneのTwitterアプリを開くのは自分のブログを投稿する瞬間のみ。

頭も心もだいぶスッキリしてきました。

 

もうひとつメリットは、今までツイッターのTLを眺めていた時間で他のことができるようになったこと。

何処の馬の骨かわからない人間の[ポエム]とか、当たり前のことを名言ぽく投稿しているだけの[名言ごっこ]にいちいち感化されるより、やりたいこと・やるべきことをどんどん実行に移していく方が私にとって有益です。

 

自己管理ができている方、要領が良い方はSNS運用しながら色々こなせると思いますが私はできませんでした。

依存傾向になりつつあったので、今試していることは自分にとって正解だなと実感しつつあります。

情報を得る手段はツイッターだけではないですし、ひとまずこのスタイルを継続してみようと思います。

 

 

インスタグラムに関してはツイッターほど疲れていません。

発信は趣味関連を少しアップした程度でどちらかといえば見る専門。インスタはブログ関係なくはじめました。

 

ツイッターとは異なり、インスタは流れてくる情報が文字ではなく画像メイン(最近は動画も)

文字部分は大半が隠れていて、何か苦手なことが書かれていたとしても余程のことがなければ目に入らないのでわりと心穏やかです。

ただ、気づくと芋づる式にフォローするアカウントが増えていくので、興味がないと思った瞬間に都度フォローを外すようにしています。

一気に整理するよりも気が楽です。

 

インスタグラムで良く見ているのは

・料理

・飲食店

・絵日記

・イラスト

あたりかな。

 

ツイッターみたいに誰かが「いいね」した他人の投稿が無意味に流れてくることも、広告表示もなく平和です。

機能改善の可能性もあるので今後はわかりませんけどね。

 

 

なお、ツイッターに関しては飽きたとかここが嫌だとか不満ばかり並べてしまったものの、例の「大辞泉」の中でほっこり共感したものもありました。

 

どうでもいい近況報告に呆れつつも、みんな元気でなによりと思う場所。 ゆう

出典:「大辞泉」あなたの言葉を辞書に載せよう。2013

 

出だしの「どうでもいい近況報告」には思わず笑ってしまいました。笑

私のブログも他人からみたらどうでもいいと思われることもあるでしょう。

 

でも後半は言われてみれば確かになと。

投稿頻度が高かった人が急に気配を消すと「あれっ?最近見ないけどなにかあったのかな」とか気になりますもんね。

ブログでも昔から読んでいてパタリと更新されなくなると「病気?事故?大丈夫かしら」と心配になったりしますし。

 

ちなみに今年(2018)も大辞泉で「あなたの言葉を辞書に載せよう」キャンペーンが開催されていて、中でも「不倫」に対する言葉がなかなか興味深かった…みんな良く思いつくなぁと感心。笑

 

個人的には、ブログやこういったキャンペーンだと反射的に誰かの言葉に乗っかって優位な発言をする感じが少ない気がします。

ツイッターの場合はこのブログの冒頭で引用した「どや文章」の競演場所というのを思い浮かべてしまうのですが、誰かが上手いこと言うとどんどんいろんな人間が上に被せてきて、優越感を手に入れたい欲を強く感じるんですよね。

それらを見るたび「ウッ。。。」となってしまう。

私のメンタル弱すぎw

 

使い方次第では良い繋がりができて良いツールなので「必要なときに必要なだけ」を心がけていこうと思います。

実際、このブログのアイコンはツイッターのご縁で制作していただけましたしね。それは感謝。

 

自分の人生において「どういう人と過ごしたいか」の他に、「どんな情報は目にしたくないか」「時間を何に使うか」も本当に大事なことだなとしみじみ思った2018年なのでした。

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